INTRODUCTION
最初から最後まで隅々まで愛してやまない映画「天国の日々」。若き日に多大なる影響を受け、今の僕が作られました。───岩井俊二
あまりに美しく、情感あふれる永遠の名作
自然光にこだわり徹底したリアリズムで描かれた本作は、公開当時から高く評価されてきた。“マジック・アワー”と呼ばれる日没間近の柔らかい光の中で撮影するために、1日の撮影時間は日没前のわずか20分間。テレンス・マリック監督と撮影監督ネストール・アルメンドロスは「グリフィスやチャップリンの時代を思わせるような」、「屋内はフェルメールの絵画のような」と映像のイメージを共有し合った。2人の狙い通り、美しい画面づくりには成功したが、一方でその極度なこだわりのため、スケジュールや予算は予定を大きく超過。プロデューサーのバート・シュナイダーは自宅を抵当に入れたという。次回作のあったアルメンドロスは最後まで撮影監督を務めることが出来ず、途中でハスケル・ウェクスラーに引き継ぎ完成させた執念の一作。この作品に全てを注いだマリックが次回作の『シン・レッド・ライン』(98)までの20年間、1本も映画を撮らなかったことは長年にわたり映画界の伝説として語られている。 音楽は巨匠エンニオ・モリコーネ。オープニング曲はマリックの希望でサン=サーンスの「動物の謝肉祭」が使用され、モリコーネはこの曲に合うように劇中の音楽を作曲した。彼にとって初めてのアカデミー賞作曲賞ノミネート作品となり、第33回英国アカデミー賞で作曲賞を受賞。
STORY
20世紀初頭のテキサス。青年ビル(リチャード・ギア)はシカゴでトラブルを起こし、妹のリンダ(リンダ・マンズ)、ビルの恋人アビー(ブルック・アダムス)とともに広大な麦畑に流れ着く。3人は裕福な地主のチャック(サム・シェパード)のために麦刈りの仕事をすることになった。秋が近づくころチャックは不治の病に侵されていることを医師から告げられる。麦刈りの時期が終わると労働者たちはそれぞれの故郷に帰ることになっていたが、チャックはアビーを見初め周囲の反対も聞かず結婚を申し込む。自分が身を引いた方がいいと悟ったビルは一人その地を去っていく。しかし翌年彼が再びテキサスに戻ってきたことからビル、チャック、アビーの3人は思わぬ展開を迎えた。
STAFF
テレンス・マリック〔監督・脚本〕Terrence Malick
1943年、アメリカ・イリノイ州出身。ハーバード大学で哲学を専攻し、1965年に主席で卒業。その後、オックスフォード大学に入学するが、教授と意見が合わず中退する。アメリカに戻り、マサチューセッツ工科大学にて哲学の教鞭をとりながら、映画制作を学ぶ。ジャック・ニコルソンが監督を務めた『Drive, He Said(英題)』(71)、『ダーティハリー』(71)、ポール・ニューマン主演の『ポケットマネー』(72)で脚本家として携わる。そして、『バッドランズ(地獄の逃避行)』(73)で初メガホンを取り、『天国の日々』(78)にて第32回カンヌ国際映画祭 監督賞を受賞。その後の20年間、映画を撮らなかったが、『シン・レッド・ライン』(98)にて第49回ベルリン国際映画祭 金熊賞を受賞し、さらには第71回アカデミー賞 監督賞および脚本賞にもノミネートされ、再び映画界に返り咲く。2011年に制作した『ツリー・オブ・ライフ』で、第64回カンヌ国際映画祭 パルムドールを受賞。『地獄の逃避行』から『ツリー・オブ・ライフ』までの40年間で監督した作品は、わずか5本。数々の映画賞を受賞していることから「寡作の名匠」と呼ばれている。
〔その他の監督作品〕
『ニュー・ワールド』(05)、『トゥ・ザ・ワンダー』(12)、『聖杯たちの騎士』(15)、『ボヤージュ・オブ・タイム』(16)、『ソング・トゥ・ソング』(17)、『名もなき生涯』(19)
ネストール・アルメンドロス〔撮影監督〕Nestor Almendros
1930年、スペイン・バルセロナ出身。18歳、当時のフランシス・フランコ政権から逃れ亡命した父を追い、スペイン内戦時に家族と共にキューバに移住する。その時にシネクラブを設立し、自主上映や映評を執筆する傍ら、映画制作に興味を持つ。その後、イタリア国立映画実験センターで映画を学び、ニューヨークでは2本の映画を監督。1959年のキューバ革命後、キューバに戻り、カストロ政権のドキュメンタリー映画を数本撮影するが発禁となり、パリに移住する。フランスでは、エリック・ロメールやフランソワ・トリュフォーら多くのヌーヴェルヴァーグ作品で撮影監督を務める。1978年、『天国の日々』で第51回アカデミー賞 撮影賞を受賞。自然光と黄金色のトーンを駆使した映像美で高く評価される。その後、『クレイマー、クレイマー』(79)、『青い珊瑚礁』(80)、『ソフィーの選択』(82)で立て続けにアカデミー賞 撮影賞にノミネート。1992年3月4日、死去。彼の作品とその映像スタイルは、多くの映画製作者に影響を与え、映画史において非常に大きな影響力を持つ。
〔その他の主なフィルモグラフィー〕
『コレクションする女』(67)、『モア』(69)、『野生の少年』(70)、『恋のエチュード』(71)、『ぼくの小さな恋人たち』(74)、『コックファイター』(74)、『アデルの恋の物語』(75)、『恋愛日記』(77)、『緑色の部屋』(78)、『ゴーイング・サウス』(78)、『逃げ去る恋』(79)、『終電車』(80)、『海辺のポーリーヌ』(83)、『日曜日が待ち遠しい!』(83)、『プレイス・イン・ザ・ハート』(84)、『心みだれて』(86)、『ニューヨーク・ストーリー』(89)
ハスケル・ウェクスラー〔撮影監督〕Haskell Wexler
1922年、アメリカ・イリノイ州出身。『バージニア・ウルフなんかこわくない』(66)にて第39回アカデミー賞 撮影賞を受賞。さらに、『ウディ・ガスリー わが心のふるさと』(76)で第49回同賞を再び受賞した。その他、『夜の大走査線』(67)、『華麗なる賭け』(68)、『カッコーの巣の上で』(75)などの大ヒット作を手掛け、アメリカ映画を代表するカメラマンとなった。 2015年12月27日、死去。
〔その他の主なフィルモグラフィー〕
『アメリカ アメリカ』(63)、『アメリカを斬る』(69)、『カンバセーション 盗聴』(74)、『帰郷』(78)、『メイトワン1920』(87)、『カラーズ 天使の消えた街』(88)、『3人の逃亡者』(89)、『ブレイズ』(89)、『アザー・ピープルズ・マネー』(91)、『夢を生きた男 ザ・ベーブ』(92)、『フィオナの海』(94)、『ジョン・キャンディの大進撃』(95)
エンニオ・モリコーネ〔音楽〕Ennio Morricone
1928年、イタリア・ローマ出身。世界的な映画音楽の巨匠。セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(64)が世界的に大ヒットし、『夕陽のガンマン』(65)などのマカロニ・ウェスタンの作曲家として広く知られるようになる。その後、様々な作品の音楽を手掛けることになり、『天国の日々』では、初のアカデミー賞にノミネート(第51回アカデミー賞 作曲賞)。『ミッション』(86)、『アンタッチャブル』(87)、『バグジー』(91)、『マレーナ』(00)でも同賞ノミネートされ、『ヘイトフル・エイト』(16)にて受賞を果たした。『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)はあまりにも有名。彼が生涯にかけて作曲した映画音楽は、500本以上に及ぶ。 2020年7月6日、死去。
〔その他の主なフィルモグラフィー〕
『殺しが静かにやってくる』(68)、『テオレマ』(68)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(68)、『歓びの毒牙』(70)、『ラ・カリファ』(70)、『デカメロン』(71)、『死刑台のメロディ』(71)、『遊星からの物体X』(82)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)、『シティ・オブ・ジョイ』(92)、『海の上のピアニスト』(98)、『題名のない子守唄』(06)、『鑑定士と顔のない依頼人』(13)、『ある天文学者の恋文』(16)
CAST
リチャード・ギア〔ビル〕Richard Gere
1949年、アメリカ・ペンシルベニア州出身。マサチューセッツ大学で哲学を専攻するが、2年後に中退し俳優を志す。舞台で経験を重ねながら、『ニューヨーク麻薬捜査線』(75)で映画デビュー。『ミスター・グッドバーを探して』(77)で一躍有名となり、『天国の日々』で長編映画初主演を飾る。その後、主演を務めた『アメリカン・ジゴロ』(80)、『愛と青春の旅だち』(82)が立て続けにヒットし、トップスターの仲間入りを果たす。フランシス・フォード・コッポラ監督の『コットンクラブ』(84)、ジュリア・ロバーツと共演した『プリティ・ウーマン』(90)は全世界でヒットし、キャリアを決定づける代表作の一つとなった。『シカゴ』(02)にて第60回ゴールデングローブ賞 最優秀主演男優賞(コメディ/ミュージカル)を受賞。
〔その他の主なフィルモグラフィー〕
『八月の狂詩曲(ラプソディー)』(90)、『真実の行方』(96)、『ジャッカル』(97)、『プリティ・ブライド』(99)、『オータム・イン・ニューヨーク』(00)、『プロフェシー』(02)、『Shall We Dance?』(04)、『クロッシング』(09)、『HACHI 約束の犬』(09)、『顔のないスパイ』(11)、『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』(15)、『アバウト・ライフ 幸せの選択肢』(23)
ブルック・アダムス〔アビー〕Brooke Adams
1949年、アメリカ・ニューヨーク州出身。父親は演劇プロデューサー、母親は女優という環境のもと、舞台でキャリアをスタートさせる。『天国の日々』や『SF映画/ボディ・スナッチャー』(78)でブレイクを果たし、後者では第7回サターン賞 最優秀女優賞にノミネート。その他、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『デッドゾーン』(83)では、クリストファー・ウォーケンと共演。80年代以降から、テレビを中心に活躍している。1992年に俳優のトニー・シャルーブと結婚。俳優のリン・アダムスは実姉にあたる。
〔その他の主なフィルモグラフィー〕
『マイ・ボディガード』(87)、『ザ・レジェンド・オブ・ルーシー・キーズ』(06)、『New York 結婚狂騒曲』(08)
サム・シェパード〔チャック〕Sam Shepard
1943年、アメリカ・イリノイ州出身。高校在学中に演技と脚本の執筆を始める。卒業後、獣医を目指すも、1962年に劇団に入団し、アメリカ中を巡業する。その後、ニューヨークに移住し、ジャズ・クラブのウェイターをしながら劇曲を書くようになり、オフ・ブロードウェイで脚本家として成功をおさめる。1970年には、ミケランジェロ・アントニオーニらと『砂丘』の脚本を共同執筆。1969年には映画に初出演。『天国の日々』では主要な人物を演じ、俳優としても活動を本格的にスタートさせる。『ライトスタッフ』(83)で第56回アカデミー賞 助演男優賞にノミネート。ロックバンド「Holy Modal Rounders」のドラマーとしても活躍し、1975年にはボブ・ディランのツアーにも参加。そのツアーを題材にした『レナルド&クララ』(78)では、共同脚本と、出演も務めた。1979年には、戯曲「Buried Child(原題)」でピューリッツァー賞を受賞。監督としては『ファーノース』(88)、第6回東京国際映画祭 東京グランプリ候補だった『アメリカンレガシー』(93)を手掛ける。2017年7月27日、死去。
〔その他の主なフィルモグラフィー〕
〔俳優として〕『女優フランシス』(82)、『フール・フォア・ラブ』(85)、『ロンリー・ハート』(86)、『赤ちゃんはトップレディがお好き』(87)、『マグノリアの花たち』(89)、『ボイジャー』(91)、『サンダーハート』(92)、『ペリカン文書』(93)、『ヒマラヤ杉に降る雪』(99)、『ハムレット』(00)、『すべての美しい馬』(00)、『プレッジ』(01)、『ソードフィッシュ』(01)、『ブラックホーク・ダウン』(01)、『きみに読む物語』(04)、『アメリカ、家族のいる風景』(05)、『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)、『マイ・ブラザー』(09)、『デンジャラス・ラン』(12)、『ジャッキー・コーガン』(12)、『ミッドナイト・スペシャル』(16)
〔俳優として〕『パリ、テキサス』(84)、『フール・フォア・ラブ』(85)、『アメリカ、家族のいる風景』(05)
リンダ・マンズ〔リンダ〕Linda Manz
1961年、アメリカ・ニューヨーク州出身。幼い頃に父親が失踪し、母の手一つで育てられる。生活のため、マンハッタンの児童劇団に所属し、オーディションの日々を送る。17歳の時、リンダ役を探していたテレンス・マリック監督の目に留まり、オーディションを経て合格。その後、『ワンダラーズ』(79)、『アウト・オブ・ブルー』(80)に出演。1985年に結婚し、俳優を休業。後に、ハーモニー・コリン監督の『ガンモ』(97)、デヴィッド・フィンチャーの『ゲーム』(97)に出演するが、1999年、『バディ・ボーイ』を最後に再び休業した。 2020年8月14日、死去。
COMMENT
映画は光でできている。光の可能性を試し探し続け冒険を成し遂げた金字塔的作品。世界の美しさ、残酷さ、儚さが光として見る者に迫る。スターカメラマン、ヨーロッパ最高のネストール・アルメンドロスをアメリカの偉大なハスケル・ウェクスラーが支えた。二人の共闘に目が離せない。
犬童一心
(映画監督)
最初から最後まで隅々まで愛してやまない映画「天国の日々」。若き日に多大なる影響を受け、今の僕が作られました。
岩井俊二
ひと針ずつ心を込めて縫い上げたタペストリーのように美しい。83年のミニシアター公開以来、静かに支持されてきた傑作。居場所を求めてさすらう男女と少女の物語で、圧倒的な力を放つ大自然の向こうに、愛と憎しみ、善と悪の姿が浮かび上がる。ワン・アンド・オンリーの異才、テレンス・マリックの繊細な演出は、大画面で見てこそ、すごさが体感できる。
大森さわこ
(映画評論家・ジャーナリスト)
ミレーの様な美しい自然光。モリコーネの甘美な旋律。御伽話を語るかの様な少女のナレーション。移りゆく四季と過酷な労働風景。機関車や蒸気トラクター、旅芸人の飛行機、三輪バイク。すべてが美しい。やがては、物語さえもが美しく燃える。”サブスク“風景に順応してしまった若者たちにこそ、このテレンス・マリックの美しい“動く絵画”を劇場で是非、観て欲しい。
小島秀夫
(ゲームクリエイター)
昼と夜の狭間に見られる空の光は、淡い金色から紫、群青と短い時間で変化していきます。中でも、日の出直前と日の入り直後の、特に美しいグラデーションの空に出会えるのがマジックアワーです。マジックアワーの光はとても柔らかいため、この時間の自然光での撮影となると、当時の技術ではまさにその20分間程度が勝負だったのだろうということを窺い知ることができます。物語の心情に寄り添う光へのこだわりが十分に感じられる作品です。
佐々木恭子
(気象予報士、防災士、合同会社てんコロ.)
どこまでも続くようでどこか閉ざされた広大な麦畑を舞台に語られる神話的な物語。この物語を彩るさまざまな表情を見せる光の景色は、寡黙にして多くを語る登場人物の一人と言っていいのかもしれません。映画を撮影する身としてこの作品に勇気づけられるのは、光を捉え画面を作り上げる方法の単純さと大胆さ、そしてその結果に豊かさと力強さを見出すからなのかもしれません。映画における光の扱い方をめぐる冒険をぜひスクリーンで体験してみてください!
四宮秀俊
(撮影)
”明日には明日の風が吹く”の精神をこれ以上ないほどに完璧に体現している映画。人生に対する美しい諦めに、今日も陽光が降りそそぐ
中川龍太郎
(映画監督)
80年代、本国公開から5年遅れで公開されたこの映画は時をこえていた。そして、それからさらに40数年を経て再会したこの作品の、アンチエイジングの映画美にはただ息をのむばかりである。
樋口尚文
(映画評論家、映画監督)
人間の営みと自然。――この素朴な対比が、マリック監督の場合、何故いつも、これほどまでに美しく、見る者の胸を打つのか。彼は人間の愚かさを描く。脆弱さを描く。過ちを描く。孤独を描く。しかし、決して卑小には描かない。嫉妬でさえ、ここでは、愛にも劣らず魅力的だ。
平野啓一郎
(小説家)
『天国の日々』は、その映像美で観る者を圧倒する。特に、マジックアワーの時間帯に撮影されたシーンは、息をのむほど美しい。空はオレンジや紫の仄かな光を宿し、麦畑は柔らかな風に揺れ、その場の空気や匂いまでも感じられるようだ。
しかし、マジックアワーの撮影は決して容易ではない。
照度が極端に低いため、明るい空に露出が引っ張られ、地上の対象物はすべてシルエットになってしまう。そんな厳しい条件の中で、露出を巧みにコントロールし、淡い自然光を最大限に活かしながら、麦畑や人物のディテールを緻密に描き出している点は、見事としか言いようがない。撮影技術の高さも、この映画の大きな魅力の一つになっている。「眠ると夢の中で麦畑が話しかけてきた」という少女の言葉は、映像が持つ魔法を象徴しているのかもしれない。
「天国の日々」は、物語以上に、映像そのものが語る力を持っている。マジックアワーの色彩の輝きや雰囲気を巧みに伝える映像美を目にするだけでも、本作を観る価値は十分にあるだろう。
吉村和敏
(写真家)