STORY
“ 同志よ この苦しみが分かるか? ”
熱烈な共産主義者であるエヴィレンコは、生徒への強姦未遂事件により学校の教師を失脚。国家は民主化へと進み、やがてエヴィレンコは次々と女性や子供を惨殺して食い殺す真の怪物と化していく。連続殺人の犯人を見つけられないまま4年が経過した頃、検察官のレシエフは捜査に加わり、エヴィレンコの心の闇に接近していくこととなるのだが──。
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赤い怪物の咆哮がいま 哀しくこだまする
50人以上を殺害し、さらに食人までも行った旧ソ連時代最大の連続殺人犯であるアンドレイ・チカチーロの実像に迫った『エヴィレンコ』(04)が、日本に初上陸を果たす。主演は、『時計じかけのオレンジ』(71)、『カリギュラ』(79)、『ギャングスター・ナンバー1』(00)のマルコム・マクダウェル。監督は、俳優として『ロミオとジュリエット』(68)や、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督作などに出演し、ジャーナリストとして活動した経歴を持つイタリア人、デイビット・グリエコ。グリエコ監督は自らチカチーロの裁判を傍聴し、判事から聞いた「これは悲劇だ。そして、我々の悲劇だ。皆が狂っているのだから」という言葉に賛同。狂気が至る所に蔓延していた時代に於いて、チカチーロは象徴的な存在であることを悟り、チカチーロの小説「Il comunista che mangiava i bambini(子どもを食べた共産主義者)」を94年に出版。これが話題となり、ベルナルド・ベルトルッチが映画化を希望したが、病に倒れ逝去し、グリエコは自らメガホンを取ることを決意。資金難により製作が難航した際も、グリエコと30年来の友人でありマクダウェルは「当然やるべきだ」と後押ししたほどの入魂作。第50回ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の新人監督賞ににノミネートを果たした。直接的な残酷描写を控えつつも、その心理に迫ることで一層の恐ろしさをあぶり出している。音楽を手掛けたのは、多くのデイヴィッド・リンチ監督作への参加で知られるアンジェロ・バダラメンティ。重厚かつ壮大なスコアが、<国家の物語>としての側面を押し広げている。
グリエコの脚本を気に入り出演を決めたマルコム・マクダウェルは、エヴィレンコ役を演じるにあたり、実際のチカチーロの映像を参考にし怪演。厳格でナイーブな性質を見事に表現し、殺人への欲望を抱いた鋭い眼光は観る者の心に幾度も乱反射して揺さぶり続ける。マクダウェルは本作を「流行の映画ではなく、長い歳月に残るための仕事」と語り、称賛している。原題でもある「EVILENKO」は英語の「EVIL(悪)」と、ウクライナ語で姓に使われる接尾辞「-ENKO(~の息子)」から派生しており、「悪の息子」という意味。悪はどのようにして生まれ、どのような作用をもたらしたのか──。グリエコのビジョンとマクダウェルがエヴィレンコに与えた熱き体温によって、単なる娯楽ホラー映画としてではなく、また1人の殺人鬼としてだけでなく、大きな渦に翻弄された人々の記録が完成した。エヴィレンコが繰り返し発する「同志よ」という言葉が、すべてを超越し我々に語りかけてくる。
“ 同志よ この苦しみが分かるか? ”
熱烈な共産主義者であるエヴィレンコは、生徒への強姦未遂事件により学校の教師を失脚。国家は民主化へと進み、やがてエヴィレンコは次々と女性や子供を惨殺して食い殺す真の怪物と化していく。連続殺人の犯人を見つけられないまま4年が経過した頃、検察官のレシエフは捜査に加わり、エヴィレンコの心の闇に接近していくこととなるのだが──。
エヴィレンコ
1943年イングランド出身。世界屈指の独創的な個性と表現力を持つ名優。会社員として働いたのち、ロンドン音楽演劇アカデミーに入学し演劇を学び、卒業後は舞台で活躍。TVシリーズでの出演を重ねたのち、1967年にケン・ローチ監督の『夜空に星のあるように』で映画デビューとなるはずが、出演シーンがカットされ、1968年、『If もしも....』で反抗的な上級生役でスクリーンデビューにして主演を飾る。本作は第22回カンヌ国際映画祭グランプリ作品となった。スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』(71)の主役・アレックスでの鮮烈な演技が存在感を決定づける。無邪気さと残酷さを同居させたその人物像は、映画史に強烈な印象を刻んだ。出演のほか原案も手掛けた『オー!ラッキーマン』(73)、『スカイエース』(76)、『さすらいの航海』(76)、『カリギュラ』(79)と立て続けに出演を重ね、『タイム・アフター・タイム』(79)のH・G・ウェルズ役で、俳優としての評価は確固たるものとなる。『ブリタニア・ホスピタル』(82)では、『If もしも....』『オー!ラッキーマン』に続き、リンゼイ・アンダーソン監督のもとで再びミック・トラヴィスを演じた。以降も『キャット・ピープル』(82)、『ブルーサンダー』(83)、『ゲット・クレイジー』(83)といった作品のほか、『ジェネレーションズ/STAR TREK』(94)への出演で新たなファンを魅了。『ギャングスター・ナンバー1』(00)、『ハロウィン』(07)などで変わらぬ鋭い眼光を示しつつ、『小悪魔はなぜモテる?!』(10)、『アーティスト』(11)、『ホーム・アローン5』(12)、ブランドン・クローネンバーグ監督の長編デビュー作『アンチヴァイラル』(12)といった幅広い作品に参加。『エヴィレンコ』(04)では第60回ナストロ・ダルジェント賞 ヨーロッパ賞を受賞。2012年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を授与され、2014年には第40回サターン賞生涯功労賞を受賞。2022年には第40回トリノ映画祭に際してイタリア国立映画博物館からステラ・デッラ・モーレ賞を授与され、2025年には第21回ルッカ映画祭生涯功労賞を受賞するなど、長年の功績が称えられている。近作には『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』(24)がある。威圧感のある悪役から軽妙なコメディまで、作品の規模やジャンルを問わず、その個性を発揮し続けている。TVシリーズでも「メンタリスト」(08–15)や「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」(14–18)といった人気作に出演。「私にとって最も興味深い役は、いつだって次に演じる役」と語り、今なお精力的に活躍中。
レシエフ(検察官)
1966年、ニュージーランド出身。端正な佇まいと重厚な存在感で、多様な人物像を演じ分ける実力派。ハンガリー人の父とオーストラリア人の母のもとに生まれ、カンタベリー大学で美術史を学んだのち、ニュージーランド演劇学校に転じ、1989年に卒業。舞台やTVシリーズで経験を重ね、劇団の共同設立や戯曲の執筆にも携わる。『ポエトリー、セックス』(00)などへの出演を経て、ピーター・ジャクソン監督の『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(01-03)でエルフの領主ケレボルンを演じ、世界的に知られるようになる。『トリプルX』(02)ではヴィン・ディーゼルと対峙する敵役を務め、『ボーン・スプレマシー』(04)と大作への出演を重ねる。本作では連続殺人事件を追う検察官を演じ、マルコム・マクダウェルと緊迫した演技の応酬を繰り広げている。リドリー・スコット監督の『キングダム・オブ・ヘブン』(05)、『アサイラム/閉鎖病棟』(05)、『イーオン・フラックス』(05)でも強い印象を残す。『ディア マイ ファーザー』(07)では、第49回オーストラリア映画協会賞の助演男優賞を受賞。以降も『ペイド・バック』(10)、『アメイジング・スパイダーマン2』(14)、『シン・シティ 復讐の女神』(14)などに出演し、『イコライザー』(14)では冷酷なロシアン・マフィアを怪演し、TVシリーズ「バッドランド ~最強の戦士~」(15-17)では支配者クィン役を務めるなど、映画とTVの双方で活躍。近年の出演作に『ラビング 愛という名前のふたり』(16)、『最後の決闘裁判』(21)、『シュヴァリエ』(22)、『カッコウ』(24)などがある。
リヒテル(分析医)
1940年イングランド出身。知性を感じさせる佇まいと繊細な演技で、英国の舞台、映画、TVを支えた名優。リーズ大学を卒業後、王立演劇学校に進み、1964年に卒業。同年にTV出演を果たし、舞台でもキャリアをスタートさせる。ロイヤル・コート劇場を経て、1966年からローレンス・オリヴィエ率いるナショナル・シアターに参加し、古典劇から現代劇まで幅広く経験。映画では『ジャッカルの日』(73)で偽造屋を演じ、ケン・ラッセル監督の『マーラー』(74)、作曲家ストラヴィンスキーに扮した『ニジンスキー』(80)、ショーン・コネリーと共演した『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(83)、ローランド・ジョフィ監督の『ミッション』(86)などに出演。物語に奥行きを与える脇役として数多くの作品に出演が続いていく。TV作品でもワーグナーやニーチェ、アインシュタイン役など歴史上の人物を数多く演じた。舞台への出演も続け、ジュディ・デンチと共演した「Amy’s View」(97)で、第22回ローレンス・オリヴィエ賞 助演賞にノミネートされた。本作では分析医リヒテルを演じ、エヴィレンコに対する深い関心と複雑な心理をミステリアスに表現。そのほかの出演作に『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(10)、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(11)、『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』(15)、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(17)などがある。2021年2月24日、80歳で死去。
監督・脚本
1951年、イタリア出身。監督、脚本家、作家、ジャーナリストとして幅広く活動。イタリア共産党の創設者の一人で、書記長も務めたルッジェーロ・グリエコを祖父に持つ。父は、ソ連の国営通信社タス通信のイタリア責任者として記者を務めた。父のパートナーだった映画監督ロレンツァ・マッツェッティを通じて幼い頃から映画人と交流し、のちにリンゼイ・アンダーソン監督や、マルコム・マクダウェルとも知り合う。10代で俳優として映画界に入り、『ロミオとジュリエット』(68)や、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『テオレマ』(68)などに出演。その後、パゾリーニやベルナルド・ベルトルッチの助監督を務め、19歳で新聞の映画・音楽批評家、海外特派員となる。脚本家として、セルジオ・チッティ監督の『Mortacci』(89)、『I magi randagi』(96)などに参加。『Mortacci』には、マルコム・マクダウェルも出演。ラジオ・TV番組の制作や司会、小説の執筆にも携わり、映画監督や俳優を題材とした100本以上のドキュメンタリーを手がけた。チカチーロの裁判を傍聴し、判事から話を聞いた上で、一連の事件に着想を得た自著「Il comunista che mangiava i bambini(子供を食べた共産主義者)」を出版。これを映画化した『エヴィレンコ』(04)で長編劇映画監督デビュー。マルコム・マクダウェルを主演に迎え、第50回ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞 新人監督賞にノミネートされた。続く『La macchinazione』(16)では、長年親交のあったパゾリーニの最期と、その死をめぐる謎に迫った。
撮影
1961年、イタリア出身。イタリア国立映画実験センターでカルロ・ディ・パルマ、ベッペ・ランチに学び、1985年に卒業。ヴィットリオ・ストラーロやマウロ・マルケッティのもとで撮影助手、カメラオペレーターとして経験を積む。テレビ作品の撮影監督を経て、コルソ・サラーニ監督の『Occidente』(00)で長編映画の撮影監督を務め、エマヌエーレ・クリアレーゼ監督の『Respiro』(02)で第48回ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞 撮影賞に初ノミネート。『エヴィレンコ』(04)を経て、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『題名のない子守唄』(06)で同賞撮影賞を受賞し、第20回ヨーロッパ映画賞 撮影賞にもノミネートされた。以後もトルナトーレと組み、『鑑定士と顔のない依頼人』(13)、『ある天文学者の恋文』(16)、『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(21)、『ブルネロ 静かなる先見者』(25)などを担当。デヴィッド・グリエコ監督の『La macchinazione』(16)にも参加。
音楽
1937年、アメリカ出身。マンハッタン音楽院で修士号を取得し、音楽教師として働きながら、ピアニスト、作曲家、編曲家として活動。デヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』(86)にイザベラ・ロッセリーニの歌唱指導として参加したことをきっかけに、同作の音楽を担当。以後、リンチ作品に欠かせない存在となり、TVシリーズ「ツイン・ピークス」(90-91)のテーマ曲で第33回グラミー賞最優秀ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞を受賞した。『ワイルド・アット・ハート』(90)、『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(92)、『ストレイト・ストーリー』(99)、『マルホランド・ドライブ』(01)などの音楽を手掛け、甘美さと不穏さが交錯する独自の音楽世界を築いた。リンチ以外の監督とも幅広く組み、『ロスト・チルドレン』(95)、『ロング・エンゲージメント』(04)、『25年目の弦楽四重奏』(12)などを担当。『エヴィレンコ』(04)では、重厚で緊張感もあり、森林に霧がかったような謎めいた旋律で作品の奥行きと規模感を広げている。サウンドトラックのうちの1曲「Angels Go to Heaven」では、ザ・クランベリーズのヴォーカリスト、ドロレス・オリオーダンが歌唱し、忘れがたい余韻を与えている。映画音楽にとどまらず、ニーナ・シモン、デヴィッド・ボウイ、ペット・ショップ・ボーイズ、マリアンヌ・フェイスフルらとも仕事を重ね、1992年バルセロナ五輪では聖火のテーマ曲を作曲。2005年にワールド・サウンドトラック・アワードの年間最優秀作曲家賞、2008年には同賞の生涯功労賞を受賞した。2022年、12月11日に85歳で死去。
COMMENT
※五十音順・敬称略
有田芳生衆議院議員
不気味な重低音が観る者の心をザラつかせる。とくに30分を過ぎたあたりにアップされる主人公「エヴィレンコ」の姿が、この作品の恐ろしさをストレートに表現している。1980年代に旧ソ連で実際に発生した子どもと女性を被害者とした連続殺人事件の再現だ。加害者の逮捕により55人が被害者だったことが明らかになる。ラストシーンで流れていく数々の写真は、映画に登場した精神分析医役以外は、おぞましくも実際の被害者だろう。
追い詰める検察官の手法もすごい。何よりもソ連が崩壊に向かう時代の頑固な「旧守派」と「ペレストロイカ(改革派)」の対立のなかに揺れる精神まで表現されている。しかし世界のどこでも、いつの時代にも発生する幼児殺害事件の数々の動機と手法をどう見るか。私は「北関東連続幼女誘拐・殺人事件」を取材し、国会で取り上げた経験から、この作品で犯人の資質について「催眠術」という言葉が使われたことに注目した。北関東の連続事件でも犯人は幼女の心を惹きつける能力を自然に駆使したからだ。
それにしても裁判の過程で、モンスター「エヴィレンコ」の精神は「正常」だと判断された。ならば大量殺人はいかに可能だったのか。この作品の監督デヴィッド・グリエコの祖父がファシズムと闘ったイタリア共産党の書記長(1934年から38年)だったジューロ・グリエコだったことも、社会主義社会への関心として背景にあるのだろう。ソ連のスターリン書記長の政策による虐殺や餓死は、最近の研究でも1000万人近いとされている。「社会主義」のもとでこれほどの犯罪が実行された世界で、55人の殺害が「正常」な精神でのことだとされたなら、世界の「異常」とはいったい何だというのだろうか。
石井光太作家
社会や家庭の環境が犯罪者を作り出すという理屈に基づくなら、この比類なき凶悪な殺人鬼を生み出した、戦中から冷戦時代にかけてのソ連の闇はどれだけ深いのだろう。こういう悪魔を誕生させては、恐れおののき、処刑するということをくり返しているのが人間の歴史なのだ。
白石和彌映画監督
とんでもなく恐ろしい。エグい描写がたくさんあるわけではない、恐ろしいのはマルコム・マクダウェルのその顔。何を考えてるのか分からないその目で、じっと見つめられて耐えられる者などいない。映画後半の刑事との圧巻のやり取りは映画史に残る凄まじいシーンだ。映画全編に響き渡る重低音のような緊張感に身を削られながら必死で見た。多くは語れないが、ラストカットを見た後の感情を言語化出来る人は果たしているのだろうか。
末廣末蔵ジャンル映画大好きツイッタラー
50人以上を惨殺したアンドレイ・チカチーロには、人間を惑わす何かがあったのだろう。この謎に対してマルコム・マクダウェルをキャスティングしたのは正に慧眼であった。
実在の連続殺人鬼をモデルとしながらも、民主化の波で崩壊に向かうソ連の動乱とその闇をも、その青い瞳にドス黒く湛える、エヴィレンコと言う新しい邪悪を誕生させたのだから。
このサディストを、時代の転換期に発生したウィルスであると唱える本作は、今の不確実な世界の危うさをも見透かしているのかも知れない。
辻田真佐憲近現代史研究者
エヴィレンコは、スターリニズムの残滓であり、その醜悪な化身である。人を操り、服従させ、未来を喰らう。そして時代に否定されるほど、その凶暴さをむき出しにしていく。だが、これはソ連崩壊だけの寓意だろうか。ソ連は滅んでも、「スターリン的なもの」までは滅びない。彼の内にいた「ライオン」は、いまを生きるわれわれの内にも潜んでいる。
速水螺旋人漫画家
イタリアの映画だからでしょうか。欧米の作品にありがちな、ソ連の体制をことさらに悪としてではなく人々が生活する日常の社会として描いていたのが印象的です(それゆえに普遍性も得ていたと思います)。
マルコム・マクダウェルはさすがでした。
レシエフもいい役どころでした。彼が共産党員であることをもうちょっと深堀りしてほしかったとも思いますが、それだと冗長になるのかもしれませんね。
山崎圭司映画ライター
理想国家の再構築<ペレストロイカ>が狼を解き放つ―。幼子を狙う“赤い人食い”を追う捜査陣が迷子になるなか、真犯人にまっすぐ向かってゆくショタ同性愛の精神分析医。社会が忌み嫌う劣情を抱えたふたりの咎人が急接近する妖しいスリル。一転、飢えた本能が丸裸になって襲い来る衝撃のクライマックス。変態怪優マクダウェル、還暦の燃えあがる狂演。奇抜なチョイ足し解釈で編み直す、ロシア史上最悪の怪物伝説!
ゆいちむ映画好きOL
50人以上を殺害した実在の連続殺人犯アンドレイ・チカチーロを題材としながら、本作が見つめるのは一人の怪物だけではありません。
思想にしがみつくエヴィレンコと、崩壊へ向かうソビエト連邦。
その姿が重なるにつれ、猟奇殺人の物語は、やがて国家そのものを映し出す寓話へと変わっていく。
犯罪映画の枠を超え、ひとつの時代の終わりまで映し出した異色作です。