STORY
“ いつも同じで いつも違うのさ ”
14歳の時、虐待を繰り返す母を殺害したヘンリーは、相棒のオーティスと、その妹ベッキーとの奇妙な同居生活を始める。だがヘンリーは、次第に本能的ともいえる殺人への衝動が抑えられなくなっていく。そしてヘンリーに惹かれ、自ら迫るベッキーの様子を見たオーティスが嫉妬、共同生活は惨劇と化していく。
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彼にとって殺しは日常──
理由も情も母の胎内に置いてきた
1986年アメリカ製作の極めて冷徹な映画『ヘンリー』は完成から数年間、そのあまりの内容に本国アメリカでお蔵入り状態となり、1990年にやっと正式に公開、日本では1992年に劇場公開された。本作の題材となったヘンリー・リー・ルーカスは、70年代後半~80年代にかけて、全米で300人以上を殺害したと云われる連続殺人鬼。ヘンリーの日常を淡々と凍るような冷たさで描いたこの犯罪スリラーは、流血や残虐シーンはほとんどないにもかかわらず、作品の放つ空気と徹底したドキュメンタリータッチで<史上最も恐ろしい映画>のひとつとして映画史に残ることとなった。完成当時、『13日の金曜日』のような観客を楽しませるホラー映画を望んでいた出資会社は、その一切の感情を寄せつけない冷徹な内容に唖然、さらにはMPAA(アメリカ映画協会)によりX指定を受けたことで数年間正式な劇場公開が見送られた。近年、日本では限定的に上映されていたが、今回が満を持しての初正式リバイバルとなる。監督をつとめたのは、これが初長編監督作となったジョン・マクノートン。10万ドルという低予算のなか、一切の娯楽要素を排除してひたすら殺人者の日常を映し出し、凍てつくような空気感を創り上げた。マクノートンは本作がきっかけで、マーティン・スコセッシの目に留まり『恋に落ちたら…』(93)でメジャースタジオ作の監督に抜擢、1998年にはケヴィン・ベーコン、マット・ディロン出演の『ワイルドシングス』も手掛けている。
マクノートンはこの実在するヘンリーを描くために数々の調査を行ったが、「全てが見事に矛盾していた。人間の本質は誰にもわからない」という結論に至った。そうして、具体的な理由やきっかけが不明なまま、感情の読み取れない表情の男が次々と人を殺めていく物語が誕生した。完成後、最初に行われた試写会では、終映後も観客たちは数分間ただ沈黙したという。マクノートン監督が捉えたヘンリー像の得体の知れなさが唯一無二の恐ろしさと余韻を残し続け「80年代で最も印象的な監督のデビュー。マクノートンはガス・ヴァン・サント以来の優れた人材と言われ、「観る者を困惑させ、観た後も、闇のような怖さがつきまとう」「深い不安を呼び起こす」といった、画面に映るもの以上のものを心に増幅させる一本である。実際日本でも過去、場内満席にもかかわらず上映後一切の会話もなく静まりかえり、出口に並ぶ観客は全員肩を落とし、連動して首がうなだれた結果、その視線の先には床しか映っていない様子が記録されている。
ヘンリー役を演じたのは、本作が映画デビューとなったマイケル・ルーカー。本読みの時点で即決だったという彼は、一見すると無骨ながら繊細さも持ち合わせていそうである男を、奇をてらうことなく着実に演じ上げた。素性が不明瞭で、瞳はどこを見つめているかわからず、それでいて普通の人間かのような振る舞いもする──しかし確実に殺人者である。この「わからなさ」が本作の普遍性を高め、忘れ得ぬ存在へと昇華させている。マイケル・ルーカーはその後、『シー・オブ・ラブ』(89)、『クリフハンガー』(93)などで出演を重ね、近年では『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ(14-)のヨンドゥ役としても知られ、個性派俳優として活躍している。
“ いつも同じで いつも違うのさ ”
14歳の時、虐待を繰り返す母を殺害したヘンリーは、相棒のオーティスと、その妹ベッキーとの奇妙な同居生活を始める。だがヘンリーは、次第に本能的ともいえる殺人への衝動が抑えられなくなっていく。そしてヘンリーに惹かれ、自ら迫るベッキーの様子を見たオーティスが嫉妬、共同生活は惨劇と化していく。
ヘンリー
1955年生まれ。グッドマン演劇学校で演技を学び、1982年に卒業後、シカゴを中心に舞台で活躍。1986年、『ヘンリー』で映画初出演にして映画初主演を飾るも、内容が物議を醸したため公開は4年後となる。その間も、『ミシシッピー・バーニング』(88)、『シー・オブ・ラブ』(89)、『デイズ・オブ・サンダー』(90)などに出演を重ねた。『ヘンリー』公開後は、その徹底した役作りが高く評価され、翌年の第11回ポルト国際映画祭にて主演男優賞を受賞。ここからさらに『JFK』(91)、『ダーク・ハーフ』(93)、『クリフハンガー』(93)、『ボーン・コレクター』(99)と、90年代で活躍の場を広げる。00年代以降は「CSI:マイアミ」(03-04)や「ウォーキング・デッド」(10-13)などTVドラマへのゲスト出演も多くなり、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(14-23)のヨンドゥ役、『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(21)、『スーパーマン』(25)といった作品で個性派バイプレーヤーとして活躍中。
オーティス
1950年生まれ。アメリカ海兵隊に所属した後、俳優の道を志し『狼たちの午後』(75)に脇役で出演。スチュアート・ゴードンとキャロリン・パーディ=ゴードンが率いるシカゴの劇団、オーガニック・シアター・カンパニーのメンバーとなり10年間以上活躍。再び映画出演を再開し『ヘンリー』のオーティス役での邪悪なキャラクターが強いインパクトを残し、第6回インディペンデント・スピリット賞の助演男優賞にノミネートされる。以降もジョン・マクノートン監督作『ボディ・チェンジャー』、『恋に落ちたら…』に起用。TVドラマでも「NYPD BLUE ~ニューヨーク市警15分署(シーズン1)」(93-94)、「ER 緊急救命室 シーズン3」(96-97)などに出演。そのほかの出演作に『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世紀』(90)、またロブ・ゾンビ監督作『マーダー・ライド・ショー』(03)、『ハロウィン』(07)などがある。それぞれの役柄を、まったくの別人に見えるかのように演じ分けることを目標とし、癖のある存在に息吹を与え続けた。2015年没。
ベッキー
1962年生まれ。舞台で活躍していた際に『ヘンリー』で映画デビューを果たし、第11回ポルト国際映画祭にて助演女優賞を受賞。『ボディ・チェンジャー』にも出演。現在はテキサス州の非営利の小劇場・舞台芸術組織でゲスト演出家としても活躍。
監督・共同脚本
1950年生まれ。大学でTV制作と写真を専攻。卒業後は、工場、広告代理店での映像制作、巡業カーニバル付写真家としての旅、TVドキュメンタリーの制作などを経て、1986年に初監督作『ヘンリー』を完成。製作会社はホラー映画を求めていたが、極めて冷淡な娯楽要素も逃げ場もない作品に戦慄し、劇場公開は4年間もの間お蔵入りとなる。その間に『ボディ・チェンジャー』(91)も発表。90年に『ヘンリー』が公開されると高評価が相次ぎ第23回シッチェス国際ファンタスティック映画祭にてグランプリ・批評家賞・監督賞を受賞。第11回ポルト国際映画祭ではグランプリ・最優秀脚本賞などを受賞。『ヘンリー』をマーティン・スコセッシに送ったことがきっかけで『恋に落ちたら…』(93)の監督に抜擢される。いくつかのTVドラマシリーズの演出を経験し、『ワイルドシングス』(98)、『スピーキング・オブ・セックス』(01)、『ユージュアル・ネイバー』(13)なども監督した。
COMMENT
※五十音順・敬称略
朝里樹怪異妖怪愛好家・作家
コンフェッション・キラー(自供する殺人鬼)と呼ばれたヘンリー・リー・ルーカスは、自らが数百件に及ぶ殺人事件の実行犯であると語った。この映画は実在した殺人鬼ヘンリーを、ただの怪物ではなく、社会の中に生きるひとりの男として映し出した。乾いたタッチで淡々と描かれる、日常生活の延長のように繰り返される殺人の様子。スクリーンを通してその暗闇を覗くのは、きっと忘れられない体験となるだろう。
白石和彌映画監督
シリアルキラー・ヘンリーの日常を淡々と静謐に切り取りながら、終始得も言わぬ緊張感が漂う。今では考えられない省略の大胆さが映画を途轍もなく鋭利にしている。ヘンリーから人間味が少しだけ垣間見えた刹那、それはあっさりと裏切られ、観客をスクリーンの前にやりどころの無い感情ごと置き去りにするだろう。シリアルキラー映画ファンであれば必見の、この冷徹過ぎる衝撃作を体感して欲しい
髙橋諭治映画ライター
ジェイソンやフレディが大暴れしていた1980年代に、おぞましい殺人という行為をありふれた日常の出来事として映像化したこの作品は、他のどのシリアルキラー映画とも似ていない。しかも先鋭的にして先見的な描写が随所に盛り込まれ、未だ色褪せない衝撃性がみなぎっている。
藤井慎二書肆ゲンシシャ店主
ただ死体があるだけだった。一人の女性が現れるまでは。そして、男性の暴力はエスカレートしていく。実在した連続殺人犯をもとに、トラウマに縛られた男の殺人の数々を、淡々と描き出す問題作。ひたすら不穏。あなたはきっと戦慄する。
柳下毅一郎特殊翻訳家
『ヘンリー』は連続殺人鬼の心理を解剖する。いかな連続殺人映画とてもとうていおよびつかない冷たいメス捌きによって。そこには荒涼たる、だがどこか静謐な世界が広がっているのだ。