映画の歴史を変えた音楽家の
人生の軌跡と最後の舞台に迫る圧巻のドキュメンタリー
『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』等の映画音楽で知られ、アカデミー賞®受賞3回、
手掛けた映画は200本以上。唯一無二の音楽家ミシェル・ルグラン。その知られざる人生のすべて──
数々の映画音楽で後世に影響を与え続けている、フランスを代表する音楽家ミシェル・ルグラン。2019年に亡くなるまでの75年間の音楽人生の中で、特にジャック・ドゥミ監督とのコンビで名作映画を数多く生み出し、マイルス・デイヴィス、シャルル・アズナヴール、バーブラ・ストライサンドなど伝説的なアーティストとも共演を重ねてきた。
ジャン=リュック・ゴダールなどヌーヴェルヴァーグの監督たちから評価され、以後多くのフランス映画音楽を手掛ける。名声は海を越えハリウッドの映画音楽でも次々と成功を収め、『華麗なる賭け』(68)で第41回アカデミー歌曲賞、『思い出の夏』(71)では第44回アカデミー賞作曲賞を受賞し、計3度の受賞を誇る。『シェルブールの雨傘』(64)はセリフの代わりに全て音楽で物語を展開させるという画期的な手法で、第17回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞。後にデイミアン・チャゼルが『ラ・ラ・ランド』(16)のモデルにしたことでも知られる。本作ではルグラン本人と関係者が映画を振り返る形で貴重な作曲の舞台裏が明かされる。練習において自他共に一切の妥協を許さない厳格な姿勢、数々の栄光に隠された挫折と苦悩など、これまで知ることのなかったルグランの姿も余すところなく描かれる。
死の直前まで日本でのブルーノート東京公演に情熱を燃やすなど、長年にわたる親日家として知られ、日本映画『ベルサイユのばら』(79)の音楽を手掛け、自身が60年代に作曲した「ディ・グ・ディン・ディン」は日本のCMで現在も親しまれている。日本にゆかりの深い世界的音楽家の人生最後の舞台までを描く。ルグランの生き様は、私たちに心揺さぶる感動と生きる指針を与えてくれる。
ミシェル・ルグラン
1932年2月24日、パリ生まれ。フランスを代表する作曲家、編曲家、ピアニスト、歌手、指揮者。
11歳で、パリ国立高等音楽院に入学し、アンリ・シャランやナディア・ブーランジェに師事。20歳で卒業し、その後、オランダの電気メーカー「フィリップス」のレーベルに所属していた歌手たち(モーリス・シュヴァリエ、ジャック・ブレル、ジュリエット・グレコなど)のための編曲作家として、その音楽家としてのキャリアをスタートする。1954年、22歳の時に初のアルバム「アイ・ラヴ・パリ」をリリースし、世界的な成功を収めた。さらに、1958年にマイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーンらと共演したジャズ・アルバム「ルグラン・ジャズ」も世界的にヒットしている。
映画音楽の作曲家としてのキャリアは、1954年のアンリ・ヴェルヌイユ監督作品『過去をもつ愛情』からスタートする。その後、ヌーヴェルヴァーグの映画人たち、クリス・マルケル、ジャン=リュック・ゴダール、アニエス・ヴァルダ、そしてジャック・ドゥミらと出会う。『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォールの恋人たち』の映画音楽は彼に世界的な評価をもたらした。1967年から1969年まではロサンゼルスに居住し、そこでノーマン・ジュイソン『華麗なる賭け』、ジョン・スタージェス『北極の基地/潜航大作戦』、シドニー・ポラック『大反撃』、リチャード・ブルックス『ハッピーエンド/幸せの彼方に』の映画音楽を作曲。
ヨーロッパに戻ってからの作品にジャック・ドゥミ『ロバと王女』、ジャン=ポール・ラプノー『コニャックの男』、ロバート・マリガン『おもいでの夏』、ジョセフ・ロージー『恋』、クリント・イーストウッド『愛のそよ風』、リチャード・レスター『三銃士』、オーソン・ウェルズ『オーソン・ウェルズのフェイク』、クロード・ルルーシュ『愛と哀しみのボレロ』、バーブラ・ストライサンド『愛のイエントル』、アービン・カーシュナー『ネバーセイ・ネバーアゲイン』、ロバート・アルトマン『プレタポルテ』などがある。生涯で3つのオスカーを獲得。クラシックとジャズという異なる文化の要素を組み合わせたミシェル・ルグランは、豊かで意外かつ華麗な作曲でジャンルの垣根をなくしたといえる。
彼の曲は、クロード・ヌガロ、イヴ・モンタン、バーブラ・ストライサンド、フランク・シナトラ、トニー・ベネット、レイ・チャールズ、マイケル・ジャクソン、スティングらによって歌われており、また、スタン・ゲッツ、サラ・ヴォーン、フィル・ウッズ、トゥーツ・シールマンス、ステファン・グラッペリらジャズ界の伝説たちともコラボした。クラシック界ではジェシー・ノーマン、イヴリー・ギトリス、キリ・テ・カナワと共演。2016年には、シャンゼリゼ劇場で演奏されたピアノ協奏曲とチェロ協奏曲の2曲、ソプラノ歌手のナタリー・デセイによるオラトリオ「ビトゥイーン・イエスタデイ・アンド・トゥモロウ」を作曲・録音。いずれも晩年の代表作となった。
2018年、オーソン・ウェルズの遺作『風の向こうへ』の音楽の作曲、回顧録「J’ai le regret de vous dire oui」(日本語版「君に捧げるメロディ ミシェル・ルグラン、音楽人生を語る」アルテス・パブリッシング刊)の執筆、BLUE NOTE TOKYOでの来日公演、マリニー劇場での舞台版『ロバと王女』の公演、フィルハーモニー・ド・パリでのコンサートを終え、2019年1月26日に永眠。生涯現役だった。
デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス/監督
1973年1月27日、フランス・カンヌ生まれ。映画監督、プロデューサー、カメラマン。
カンヌ市の職員として街の清掃サービスに従事した後、1999年、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』に触発され渡米。ドキュメンタリー映画『The Power of the Force』を制作。これをきっかけに映画界に入り、自身の制作会社を設立。『ミッション・クレオパトラ』やデヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』、ディズニー映画『トレジャー・プラネット』など映画の特典映像とメイキングを制作。その後、ドキュメンタリー監督のほか、フランスの配給元向けに予告編やティザーを制作している。



















コメント一覧(五十音順・敬称略)
池田理代子(漫画家・声楽家)
「ベルサイユのばら」初の実写映画『レディ・オスカル』に稀代の天才ミシェル・ルグランが素晴らしい音楽をつけてくれていることは、私の最大の誇りである。
井上芳雄(ミュージカル俳優)
「シェルブールの雨傘」では、始めから終わりまで常に音楽が流れ続け、一つの旋律が形を変えて喜びも悲しみも表現します。この映画を見て、ルグランの生き様もまさにその通りだなと感じました。最後の時まで自ら音楽を奏で続け、その才能とエゴで天使にも悪魔にもなる姿に。とにかく、全てのものを融合しながら作曲する天才の様子に圧倒されました。そして、今も僕たちの中には彼のメロディが流れ続けています。
菊地成孔(音楽家/文筆家)
あなたはこの映画で、初めてルグランの全てを知る
ゲイリー芦屋(作曲家)
ミシェル・ルグラン、彼こそが「音楽」そのものだった。映画の中で、音楽が笑い、音楽が怒り、音楽が悩み、音楽が躍動し、音楽が終わっていく様に私はひたすら心を揺さぶられ続けた。
そうだ、音楽を愛することで人は出会い、人生を切り拓いていく。ミシェルの人生を通して描かれる、音楽の奇跡と生きる喜びが、それを鮮やかに示している。
映画を観ている間、胸に熱いものがこみ上げ、気づけば止め処なく涙が溢れていた。
ミシェルの音楽とともに生きた世代のみならず、これから初めて彼の音楽に触れるであろう未来の音楽ファンにこそ見てほしい、そんな永遠のマスタピースだ。
小西康陽(音楽家)
冒頭の古いインタヴュー映像で、あなたは映画音楽のバッハになる? と尋ねられ、微笑しつつ否定する若き天才。この場面から釘付けになりました。いまどき『ロシュフォールの恋人たち』が好き、なんて言うのは日本人だけかな、と思っていましたがフランス人も、世界中の誰もが大好きなんだと知ってうれしくなったり。かと思えば、譜面の不備で思い切り不機嫌になる、オケの音がまとまらず悪態をつく、あのマエストロでさえもリハーサルでは「ク●じじい」になるんだ、と思ったら涙があふれて画面が見えなくなりました。この映画が素晴らしいのはミシェル・ルグランの人と作品を心から愛している人によって作られているからなのだと思います。
鷺巣詩郎(作編曲家)
20世紀における、もっとも雄弁なスコアの書き手のひとり。
まばたきと共に新曲が生まれるほど多産型なのは、ずば抜けた編曲能力の賜物。
ミシェル・ルグランのスコア無しに、今の私は無い。
1992年、息子バンジャマンと仕事を共にし、最愛のミシェルにたどり着き再確認できた。
晩年までまったく衰えなかったその大編成表現から多くの閃きをもらい、
2019年、彼の死は私にシン・エヴァンゲリオン内にオマージュを残すことを促した。
島健(ピアニスト、作・編曲家)
ミシェル・ルグランの86年の歴史が、若かりし日々から生涯最後のコンサートまで、
貴重な映像の連続で丁寧に描かれた作品です。
なかでも、ディジー・ガレスビーをはじめ、ジャズ界のレジェンド達と共演している若き日の映像や、
パリ音楽院で多くの有名作曲家を育てた伝説の名教師ナディア・ブーランジェの映像は初めて観ました。
そして多くの映画監督の巨匠達との革新的な名作誕生のエピソードや、
創作の過程において絶対に妥協しない厳しい姿勢に、驚きと感動を覚えました。
エンドロールで流れる「風のささやき」の弾き語りは、今でも胸の奥に響いています。
服部隆之(作曲家)
音楽の神様に愛された音楽家ミシェル・ルグラン。彼はジャズと映画音楽に愛を注ぎ込んだ。
パリ国立高等音楽院の和声のクラスで徹底的に叩き込まれたであろうle style(ル・スティル)(作曲家の様式)を一度手放し再構築したルグラン節。
これが世界中の人々に愛される。彼の音楽は潔くユーモアが有って、なにより美しい。そして美声の持ち主だ。
ハイトーンのベルベットボイスで歌う。僕は彼の声が大好きだ。
人声を基に楽器が発展していった歴史を鑑みれば、歌は音楽を表現するための最強のツールとも言える。
天から祝福されたルグランは何でもできるのである。
伝説の人物と同時代を共に過ごせた喜びを噛みしめながら、この映画を観ようではありませんか!
濱田髙志(アンソロジスト)
神に与えられた才能を最後の一雫まで作品に昇華させた
ミシェル・ルグランは、"永遠の初心者"であり続けることを
自身に課した、孤高の音楽家だった。
その華々しい活動の裏側で抱えた苦悩と葛藤、
栄光と挫折を繰り返した天才の姿を活写した本作は、
彼の遺言にして身をもって示す後進へのエールである。
林哲司(作曲家)
ミューズの申し子のような音楽家の足跡—
その才能が、あくなき音楽への好奇心と挑戦に裏付けられたものだと改めて感じた。
ことに映画音楽において、音楽家の枠を超え、映画そのものの完成を見つめる"もう一人の監督"の視線が、あの名曲の数々を生み出したのであろう。
その彼を世界の場へ送り出す、キッカケの助言はなんと巨匠・ヘンリー・マンシーニ!
謝意をにじませた笑顔は、まさに才能が才能を呼ぶ感動のシーンだ。
晩年の現場。頭の中で既に完成された「音」へ、いち早くたどり着きたいもどかしさにいら立つ、少年のような熱狂は変わらなかった。
完成=それはこの偉大な音楽家の創作のエゴのゆくえ。
村井邦彦(作曲家)
1950年代から亡くなる寸前のコンサートまで、豊富な映像と音が素晴らしかった。
どこを切っても連続して流れるミシェルのエネルギーに満ちた思想と意欲が感じられ感動しました。
亡くなるまで走り切ったね、素晴らしい人生だったね、という言葉を天国のミシェルに送りたいです。
森山良子(歌手)
『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』、そして『イエントル』——。
ミシェル・ルグランの音楽は、私の心を何度も震わせてきました。特に「Papa, Can You Hear Me?」を初めて聴いた瞬間、どうしても彼と一緒に音楽を作りたいという衝動に駆られたことを、今もはっきり覚えています。
その思いを抑えきれず、コンサートで来日していた彼の楽屋を訪ね、今まで自分が歌ったミシェルの曲をカセットテープにまとめて手渡しました。数ヶ月後、パリで再会。スクーターでふらりとホテルに現れたミシェルは、私のコンサート映像を観て「面白いね、一緒にやろう!」と笑顔を見せ、その場で共演が決まりました。ニューヨークのカーネギーホールを皮切りに、日本全国でのコンサートツアーが始まり、厳しくも優しい彼とステージを共にする日々が続きました。
この映画を観て、スクリーンの中のミシェルと過ごした日々が鮮やかによみがえりました。
「くだらない音楽は絶対にやるな」という言葉は、今も私の音楽人生を支えています。
ミシェルはもういませんが、彼が残してくれた情熱やこだわりは、今も私の中にあります。
それは、歌うことへの情熱を深く教えてくれた時間でした。
あの日々が確かに私の中で息づき続けていることを、この映画が静かに思い出させてくれました。